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  3. しらゆき月華 様



  春色甘味
        しらゆき月華


 時は大正。今年もこの地方に、桜が咲いた。

「乙彦~。乙彦、いる~?」

 本格的な春を告げる桜が咲くと、人々の心ははやり浮き立つ。
 そしてそれは、彼も同様――。

「はあいっ!はぁい姉さん!僕はここにいます!!」

 ・・・いや、もっとも彼の場合は、浮き立っているのは桜にではないようだ。

 縁側から声をかけられた少年・乙彦は、元気よく手を振り、姉の前に姿を見せた。
 庭掃除をしていたのだろう、松葉箒を握り締め、嬉しそうに駆け寄ってくる。

「ねーさん、僕に何か用事ですか?!」

 ・・・用事があったとして、そこまで嬉しそうにするものなのか。
 彼を呼び立てた姉・神奈は、飼い犬のような弟の態度に内心苦笑した。

「暇なら、今から花見にでも行かない?通りに、新しい甘味処もできたらしいのよ」

 そういうとさらに、乙彦の顔が輝いた。

「ね、ねーさん!そ、そそそれって・・・!僕とねーさんが今からデート・・・」
「あ、ただし乙彦には、して欲しい格好があるのよ」
「・・・え?」
 少年は、大好きな姉との条件付きのデート(?)に、一瞬きょとんとした。

 そして、数十分後。
 玄関先には、ちょっと余所行きの格好をした姉と、綺麗に化粧まで施し、女装させられた弟がいた。

 髪は短髪のままだが、元々ぱっちりとした目と愛らしい顔立ちゆえ、化粧をし女物の服を着せると・・・
たちまち少女・まるで神奈の妹のようになったのだ。
 短髪に留めた髪飾りも、何ら不思議じゃないほどの愛らしさだった。

「・・・あの、ねーさん?僕は本当に嫌々着たんですが・・・これには一体何の意味があるんですか?」
「フッフッフ・・・よくぞ聞いてくれたわね、乙彦!実は今から行く甘味処は、女学生同士だと、なんと半額で飲み食いできるのよ!」
「の、飲み食いって・・・」

 ピシャリと言い放った姉に、乙彦はげんなりした。

「本当なら、私も友達と行きたいところなんだけど・・・生憎誰も予定があいてなかったから。ああ、こういう時、可愛い顔の弟がいるって得よね♪」
「ちょ、ちょっとねーさん!僕はそんなことのために、生きてるんじゃないんですよ?!」


 言い合いながらも、何だかんだで二人して、家を後にする。
 甘味処に向かう道中、満開の桜が通りの景色を染めていた。

 ひらり、ひらり。
 あたたかい春風に吹かれて、花びらが枝から舞った。
 そうして宙に落ちてからは、通りを行く人々の動きに合わせ、足元で舞う。

「はあ・・・やっぱりこの時期はいいわよねぇ~」

 隣を歩く姉が、惚れ惚れとした声でつぶやいた。

「うん。毎年見てるけど、何回見ても綺麗だ・・・」

 乙彦も同じように、宙を見上げて溜息を吐く。

 愛しさの中に、どこか寂しさも感じさせる、春の風景。
 ああ、この気持ちは――何かに、誰かへの想いにも、似ているような。
 
 しみじみと浸っていると、ふと姉の声がした。
 どうやら、目的の甘味処に着いたようだ。

 店は花見時の午後だというのに、それほど客は多くなかった。
 神奈と乙彦は同じものを注文し、神奈が目論見どおり、「女学生二人分」の代金を払った。

「あ、あの、ねーさん。お代・・・僕の分までありがとうございます」
「いーのいーの。そんなこと、乙彦は気にする必要なんかないのよ。・・・というより、あんたのその格好のおかげで、安く済んだんだから。お礼言うのは私の方よ」

 申し訳なさそうに言う弟へ、神奈はぱたぱたと片手を振って答えた。

「・・・さ、お金浮いた分、食べれそうなら別の甘味も食べてみましょ。乙彦、甘いもの別に嫌いじゃなかったでしょ?」
「~~はい!僕、甘いものもねーさんも大好きですっっ!!」

 大声で言った弟に対し、即座に姉の制裁が下ったのは、言うまでもなかった。

「まったくもう・・・今回は特に!場所を考えなさいよね乙彦・・・!」
「い、いてててて!ご、ごめんなさいねーさん・・・!!」

 幸いなことに、店の店員は二人の注文の準備に追われ、聞こえていなかったようだ。


「はい、お待たせしました~」

 思ったよりも人が少なかったため、甘味は、店外の長椅子に座って食べることにした。
 店員は、神奈と乙彦の分の三色団子とほうじ茶を置くと、そのまま店内へと戻って行った。

「はあ~、三色団子なんて地味すぎる!とか言われるかもしれないけど、花見にはやっぱこれよねー!そしてこの団子の良し悪しで、店の格がわかるという・・・!」
「・・・そうなんですか?」
「いや、今のは持論よ?でも、私の中では絶対論」

 楽しそうに語り、美味しそうに食べる姉。
 その様子を横目に見ながら、乙彦も幸せな気持ちになった。

 美しい桜が舞って、美味しいものがあって。
 さらには大好きな人が隣にいて、笑っているなんて――。


 桜と甘味を堪能した、帰り道。
 乙彦はちょっとだけ、大好きな姉との距離を縮めて歩いた。

 傍目には多分、二人の女学生か姉妹としてしか、映っていないだろうから。

「あの、ねーさん?」
「なあに」
「今日は、誘ってくれてありがとうございました」

 ふいに立ち止まり、ぺこりと頭まで下げた弟。
 その様子に、神奈は一瞬面食らった。

「・・・何か、そう面と向かって言われると、ちょっと恥ずかしいわね・・・。しかも、こんなに可愛い『妹』に」
「ちょ、ねーさん?!何でこんな時に、そんな台無しなこと言うんですかっ・・・!」
「えー?何が、台無しなのよ?」

 にやりと悪戯っぽく笑った姉に、乙彦の動揺が一層増した。
 真っ赤になった頬は、化粧のおかげでいつもより少し、目立たないのが救いだった。

 春風が吹いて、また幾片か、桜が舞った。
 それを合図にしたかのように、神奈が家へと走り出す。
 そしてその後を、涙目になりつつ騒ぎつつ、乙彦が追いかけて行った。

 春の、暖かさ。甘味の、甘さ。
 そして、二人の姉弟の気持ちを表すとすれば・・・それぞれ、どんな温度なのだろう。どんな味なのだろう。
 
 その答えがわかるのは――もう少し、先のことかもしれない。


  (終)